横浜赤レンガ倉庫1号館 振付家の康本雅子さんの企画による『作り手同士のシェアワークショップ』。コアメンバーに選ばれたジャンルの異なるアーティストが、今の創作方法やアイデアをワークショップ形式でシェアします。
▶『作り手同士のシェアワークショップ』について

 今回は、2026年9月9日(水)に実施した振付家・ダンサー 松本奈々子さんのワークショップの当日の様子をレポートでお届けします。


レポート:吉田 拓

 夏の終わりは雨がよく降る。降った雨水は川に流れ込む。速度と量を増した川の流れは、強い力で物体を引き込もうとする。人が巻き込まれると水難事故と呼ばれることになるが、そのような抗いきれない自然の脅威が、人に河童を想像させたのだろう。強い力で人や動物を川に引きずり込む、相撲を取るのが好きな、きゅうりを食べる緑の妖怪。漫画やアニメを通して再生産され続けるイメージを、日本文化で育った多くの人々は共有している。頭頂に置かれた丸いお皿や、指の間に広がる水かきを、あなたも私も思い浮かべることができる。

 夏の終わりの雨がよく降った週の水曜日に、ダンサー・振付家の松本奈々子さんによる「妖怪Body Kappaのワークショップ」が行われた。多くのアーティストの活動がそうであるように、松本さんの来歴と「なぜダンスのワークショップで、河童がテーマになるのか」は密接に結びついているようだ。まずはその辺りからこのレポートを始めたい。

 松本さんは幼少期からクラシックバレエを習っていた。15世紀にイタリアで生まれ、18世紀には体系化されたとされるクラシックバレエは、規範となる動作や教育メソッドが確立されている。レッスンでは、定められた動作を繰り返し行うことを通して、筋力や柔軟性、バレエ的な美の基準などが時間をかけて培われる。おそらく松本さんも、そうしたレッスンに相当の時間を捧げていたのだと思うが、2011年春の大学入学を機にクラシックバレエから離れることにしたそうだ。東日本大震災が発生し、学生による社会運動や、ボランティア活動などの復興支援活動が活発に行われ始めた時期だった。

 2013年に松本さんは西本健吾さんら大学の友人たちとパフォーマンス・ユニット「チーム・チープロ」を結成する。初めてダンスを主題に創作した『皇居ランニングマン』(2019)では、歴史的に政治活動や軍隊の行進の舞台として人々が集ってきた「皇居前広場」の場所性において、身体がどのように批評的であれるか。そして、パフォーマーとして出演していた松本さん自身がどうしたら「また踊ることができるか」という問いに取り組んだ。本作では20分間「ランニングマン」(ストリートダンスの代表的なステップの一つ)を踏み続け、動作の反復と歴史や記憶を扱うテクストの交差によって、身体が変容することを発見した。その後もコロナ禍に作られた『京都イマジナリー・ワルツ』(2021)では、何か(あるいは、誰か)に触れていることを想像する振付として、社交ダンスのワルツステップを繰り返した。

 「反復するリズム・動きを繰り返す身体に、テクストやイメージなどを過剰に重ねていくことで、踊り手の身体の重さがかわっていく」と松本さんは説明する。そのようにして「イマジナリー・ボディ」になることが「踊ること」だという。独特の言い回しだが、たしかに『皇居ランニングマン』や『京都イマジナリー・ワルツ』のように、シンプルな動きを数十分も繰り返すことによって心身は変容を果たすだろう。そして、過剰なほどの情報(テクストやイメージ)はパフォーマーの支えになると同時に、反復する動きの最中に変化の契機を生み出すだろう。

 現在チーム・チープロは、相撲の代表的な動作である「四股」と月経をモチーフにした作品『女人四股ダンス』の再演*1 を控えており、加えて『女人四股ダンス』から四股などのムーブメントを抽出し、発展させた振付を手掛かりに、新プロジェクト『Kappa man』に取り掛かろうとしている。
*1 「隅田川 森羅万象 墨に夢」 にて、2026年11月15日-16日に上演予定。最新情報は公式サイトをご確認ください。
 
 この日のワークショップは、参加者全員が円になって、順番に靴下を脱ぎ、再び履くことから始まった。松本さんはコラボレーターと創作を始める際に、このような慣れ親しんだ行為を共に行うことから関係性を紡いでいくそうだ。その後、参加者それぞれがおすすめのストレッチを共有して、ウォーミングアップは完了。

「まずはみんなで四股を500回踏みたいと思います」

 松本さんの言葉に参加者の表情が心なしか曇ったように見えた。建物の外は曇っているものの、雨は降っていない。ぞろぞろとビルの隣の公園に向かい、また土俵みたいに円になる。「普段、私は1000回やっているんですけど」という言葉に、みんな諦めたように覚悟を決めた。順番に1、2、3、と数えながら、松本さんに教わったように四股を踏む。つま先と膝は同じ方向で、腰を落とし、軸足を伸ばしながら、片足を上げ、下ろす。少し暑くて湿度も高い、横浜のビジネス街の一角で四股を踏み続ける。234、235、236、と続けるうちに、おや、と思う。だんだん身体の使い方がわかってくる。にじんでくる汗を感じつつも、意外とやれそうだ。結局、一人も脱落することなく、500回踏み終えた。

 達成感を感じつつ休憩していると、松本さんが1本の枝を持って戻ってくる。次は「尻相撲」をやるそうだ。2人1組になって、お尻で押し合いながら、「STスポット」と地面に書くように片足を動かす。枝を持った行司役の「ハッケヨイ、ノコッタ」という掛け声を合図に取組を開始する。勝ち負けはそれ程はっきりしたものではなく、「STスポット」と書き終えたひとは「書けた」と言う。二人とも書けたら終了とする。説明によれば、これは足腰を鍛えるトレーニングだそうだ。腰を落とした状態で負荷をかけ合いながら片足を動かすためには、バランスを取りながら腰を動かし、足を巧みにコントロールする必要があり、たしかに結構難しい。

 つづいて、「河童に尻子玉を抜かれる動き」を練習する。「尻子玉」とは、人のお尻の中にあるとされる架空の玉で、河童に抜き取られると元気がなくなるそうだ。一人ずつ、公園に等間隔に並んだブロックの上に立って、意図的にバランスを崩してみる。ブロックの天面から足をはみ出すように置き、体重をかけていくことで、重心の変化が生まれ、全身が崩れる。崩れかけたバランスを立て直そうとする姿は、土俵際で粘る力士のようにも見える。

 屋内に戻ると、松本さんから2種類のテクストが配られた。一つ目は炭鉱で働く女性坑夫への聞き書きをまとめた書籍「まっくら」(森崎和江 著)の、月経に関する箇所の抜粋だ。あまりにも過酷な労働環境で、不浄とされた月経の際も休むことができず、逞しく働き続けた女性の語りを、松本さんが音読する。目で文字を追いながら、息を吸い、吐き出しながら声帯を震わせ、表情筋や舌筋を動かし、頭蓋骨や肋骨に共鳴させ、耳で音を確認しながら、周囲の空気を震わせる。音読とはかくも身体運動である。意味内容と共に、音読という体験が、松本さんの身体、そして聞いている参加者の体に蓄積されていく。

 そして、二つ目は松本さん自身が月経の体験を記したテクストで、参加者が一人ずつ音読していく。「読んでいるひとを観察してください」と声をかける松本さん。ここには同時に二つの目的が働いていたように思う。先述したように参加者の身体にテクストを蓄積することと、もう一つは音読をしている参加者を外から見る、振付家、あるいは観客としての視点を持つことだ。読む姿勢や読み方には、多くの情報が含まれている。微かな兆しに目を凝らしながら創作を進める「チーム・チープロ」のクリエイション風景が、垣間見えたような気がした。

 最後はこれまでの内容を、振り返りながら重ね合わせるように、参加者それぞれに動いてみる。四股、腰を使いながら足を動かす、尻子玉を抜かれる、という3つの動作を軸に、屋外で過ごした時間や、テクストの内容などを思い出しながら、即興的に踊ってみる。

 松本さんは、踊ることは「イマジナリー・ボディ」になっていくことだと言う。毎日1000回四股を踏み、さまざまなテクストを読み込み、変容した身体として、観客の眼前に現れようとしている。四股の体勢や、腰と連動させながら片足を動かす動作に、クラシックバレエとの類似点を見出すこともできそうだが、より興味深いのは、松本さんが踊ろうとする際に必要としている鍛錬と情報の量だと思う。「イメージをただ信じて踊るのは苦手」と言う松本さんが、「それでもイメージが必要だから」と身体に取り込む過剰なまでのトレーニングと情報量は、妖怪をリアリティを持って想像した時代の人々と、現代を暮らす私たちとの間を流れる、向こう岸が見えないほどの川幅の広さを示しているようにも思える。あちら側まで泳ぎ切るには、あらゆる手立てを尽くして河童になろうとするしかないのかもしれないし、たしかにそれは身体表現が取り組むべきことだと言えそうだ。

photo:伊藤浩平